針の素材は鋼。この強固な素材の縫い針は、堅いばかりでは役に立ちません。
縫うときの針の運びにはしなやかな弾性が求められます。そしてしなやかさの中にも腰の強さがなければなりません。
すぐ折れたり、曲がるようでは縫いにくい針となってしまいます。
堅いということはもろい欠点を持ち、しなやかということは曲がりやすいという欠点を持っています。
ひとつのものの中に、その正反対の性質を兼ね備えるということはとても大きな課題です。
これを解決する方法を焼入れ法に見出し、今日まで続く伝統針となりました。
堅さとねばり、いぶし銀の重厚な輝きが、忠兵衛のみすや針といえます。
みすや針の針穴は、極限まで正円に近づけています。
細い鋼の胴体にどれだけ大きな穴を開けることができるか、これも針職人の腕の見せどころです。
そしてこの小さな針穴の内側まできれいに磨きあげ、滑らかでまん丸なフォルムに仕上げます。
針穴が大きいほど糸は通りやすく、丸いフォルムは糸通しのときの糸先の割れを防ぎます。
また針穴が丸いということは、糸がねじれず潰れずに通せるので、糸遊びが起こらず、針しごとの途中で糸がよじれることが少なくなります。
針穴と糸がぎりぎりに接していますが、内側を滑らかに磨くことで糸切れを防いでいます。
美しい針のシルエット、それは針穴から針先に向かってなだらかに細くなっている姿だと考えています。
針先が極端に細くなると、生地に抵抗が生まれ、布目に傷をつける(生地の織糸を割ってしまう)原因にもなってしまいます。
なだらかに細いシルエットは、生地の抵抗をほとんど感じず、運針がとてもスムーズです。
針づくりの工程では、表面を磨きあげる仕上げ作業があります。
現在の一般的な磨きは横磨きですが、みすや針は縦磨きで仕上げています。
横磨きはローラーで効率よく磨くことができますが、針入れの方向に対して直角に磨くことになるので、生地の抵抗を生みやすくなります。
一方、縦磨きを施すと針入れと同じ方向に肉眼では見えない繊細な縦筋が入ります。
この微細な縦筋がガイドとなって、生地の進みが良くなります。この磨きは肉眼で見えるほど粗くてはだめで、生地を痛めるような均一感のない磨きでもいけません。
まん丸の胴体が変形しないよう、均一に0.01ミリ単位で磨きあげなければなりません。
ぐっと息を止めて、まっすぐ一定の力加減で磨きあげ、いぶし銀の照りを出す。磨き作業は、熟練の針職人でも呼吸ひとつ緊張する作業なのです。
最後の工程であるお包まで人の手と目で行っています。それは包むときに一本ずつ鋼の焼き具合や仕上げの良否を検査するためです。
縫うときに少しでも支障があると思われる針は極力取り除いています。
針を最適の状態で保管できるように、湿気を防ぐアルミ箔にお包してみすや忠兵衛の屋号包に納めています。