京都本みすや針本舗三栖屋権兵衛に師事し、文政二年(1819年)に京都松原の地で「三栖屋忠兵衛」として創業し、今日に至るまで針一筋で針屋を営んできました。 江戸時代から続く秘伝製法をもとに針職人が作り上げる京都本みすや針。みすや忠兵衛では秘伝製法を代々受け継ぎながら、時代の求めにあったみすや針の考案や改良も行ってきました。 現在、みすや針の屋号を掲げる針屋はとても少なくなりましたが、忠兵衛印のみすや針は今も変わらず職人から一般の方々まで幅広くご愛用いただいています。
京都は着倒れの町と言われますが、この着倒れ文化を支えてきたものの一つがみすや針です。きらびやかな貴族の衣装から庶民の晴れ着、普段着まで衣類のほとんどがこのみすや針で作られてきました。 京都の人々は西陣織や友禅染といった京都ならではの上質素材を使い、晴れの日の着物を仕立ててきました。纏う姿に想いを馳せながら、ひと針ひと針縫い上げる。そこには、質素倹約を心がけて日々の生活を送り、衣装に財を費やす京都の美意識があります。みすや針はそうした美意識に応える針を作り続けてきました。
みすや針の基本は着物、つまり和裁用の縫い針です。時代の流れによってファッションは和装から洋装へ、趣味の分野ではパッチワークや刺繍など針の用途は変化してきました。これに合わせて、針しごとも多様化してきました。 わたしたちは伝統を受け継ぎ守りながらも、針を改良・考案するといった取り組みを行ってまいりました。現在では洋裁に適したメリケン針やパッチワーク用の針など、さまざまな針がございます。 「縫いやすい針であること」「折れたり曲がることの少ない丈夫な針であること」「素材を傷めない針であること」。縫い人の負担を減らし素材の良さを引き出すために、また針しごとを愉しみながら想いを紡いでいただくために、忠兵衛号のみすや針をこれからもお届けしていきます。